社会

なぜ自然環境を守らないといけないのか? ~「生態系サービス」という考え方~

「自然環境の保護」「生態系の保全」が叫ばれ始めてから久しいですが、そもそもなんで自然環境を守る必要があるのでしょうか。

この疑問に答えるためにはまず、自然環境が果たしている役割について見つめなおしてみる必要があります。

目次

  • 「生態系サービス」という考え方
  • ①供給サービス
  • ②調整サービス
  • ③文化的サービス
  • ④基盤サービス
  • 「当たり前ではない」ということ
  • まとめ

「生態系サービス」という考え方

森林には樹木や草などの植物、それらを糧にするバッタなどの草食動物、さらにそれらの動物を捕食するクモやカマキリ、鳥類などの肉食動物が存在しています。これらの生物群とその周りを取り囲む環境(光・水・大気・土壌・温度など)は多様に影響を及ぼしあっています。

このように、ある地域に住む生物とそれらを取り巻く環境のことをまとめて「生態系」と呼びます。

そして生物たちは、自分たちが暮らす生態系から実に様々な恩恵を享受しながら生きているのです。

この、生態系が生物に対して与える利益を総称して「生態系サービス」と言います。[1]

生態系サービスは次の図のように大きく4つに分類されます。

それぞれ一体どのような利益をもたらしてくれるものなのか、そしてこれらのサービスが欠けてしまうとどうなるのか見ていきましょう。

①供給サービス

すべての生物は生態系から水や食料、巣作り用の木材など様々な資源を獲得しながら生活しています。こういった有用資源の供給を生態系の「供給サービス」と言います。

もちろん私たち人類も例外ではありません。生活インフラに欠かせない淡水、農作物や魚介類、家畜といった食糧、木綿や麻などの天然繊維、地底に眠る石炭や石油などの化石資源、医療や工業で役に立つ化学物質など。多様な資源を獲得することで今までの、そして現在の生活水準を実現してきました。

このように、よくよく考えてみると地球に存在する全生物のうちで、人間がもっとも幅広い形で自然資源を享受していることが分かります。そのため、供給サービスの定義の中には「人間の生活に必要な資源の供給」という言葉が付け加えられることがほとんどです。

②調整サービス

降雨や気温などの気候条件の調整や、自然災害の制御、水の浄化作用をはじめとする、環境の調整機能のことを生態系の「調整サービス」と呼びます。

例年、春になると潮干狩りを楽しむ人々でにぎわう干潟ですが、そこにはアサリやハマグリといった二枚貝以外にも、多くの生物が生息しており、そのおかげで干潟全体が高い水質浄化機能を発揮します。この機能が損なわれると海水中の富栄養化が進むことで赤潮が発生し、魚介類の大量死を招くことが知られています。

また近年の地球温暖化問題で「温室効果ガス」として悪玉にされることの多い二酸化炭素ですが、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスが地球から放射されるエネルギーを宇宙空間に逃がさないようにしてくれているおかげで、地球の平均気温は15℃前後に保たれています。そして、もし大気による温室効果が一切なかった時の地球表面温度はなんとマイナス18℃になると見積もられています。温室効果のうち二酸化炭素の寄与は6割以上にも上るといわれており、適当量の二酸化炭素が存在していることは地球気温を生物にとって快適な値に調節する上で欠かせない条件だと分かります。[2]

このように調整サービスは、先ほど紹介した供給サービスに比べると分かりづらいですが、生物の生存のためには欠かすことができません。

③文化的サービス

近年、地域の町おこしの一環として、自然を生かしたエコツーリズムを始める自治体が増えています。

埼玉県飯能市では、丘陵地の雑木林や古民家の残る街道といった伝統的な里山風景を活かし「ホタルやトンボがすむ水辺づくりツアー」、「外来魚を捕獲して試食するツアー」など様々なエコツアーが開催されており、年間のべ約4,000人が参加する盛況を博しています。[3]

このように、自然に満ちた生態系は豊かな文化形成の土壌としての役割も備えています。これを生態系の「文化的サービス」と言います。自然と触れることで精神的な充足感を得たり、長い年月が作り出した美しい絶景を楽しんだり、野鳥観察やエコツーリズムを実施する環境を提供してくれたり等の役割が含まれています。

文化的サービスの損失として一つ挙げられる事例は「外来種問題」です。古くから人々の生活と関わりをもち、文化の一部になっている生物たちが、海外から持ち込まれた外来種により絶滅の危機に瀕していることは多くの人がご存じでしょう。

沖縄などでハブ駆除の為に持ち込まれたマングースが天然記念物のヤンバルクイナを捕食したり、スポーツフィッシングの対象として移入されたオオクチバス(通称:ブラックバス)が日本の貴重な在来種を駆逐してしまう事例が知られています。

④基盤サービス

「基盤サービス」とは、生態系全体そして①~③の各サービスの下支えとなるような機能のことです。例えば、光合成による二酸化炭素の固定・酸素の生成、土壌の形成、栄養や水の循環などが含まれます。

「当たり前ではない」ということ

ここまで生態系が果たしている役割について大きく4つに分けて紹介しました。

さて、ここで初めに提示した「なぜ自然を守らないといけないのか?」という疑問に戻りましょう。

この問に対しては「生態系サービスを持続的に享受するため」と答えることができます。

なぜなら生態系サービスは常に保障されている「当たり前」の賜物ではなく、私たちの行い次第で失われかねない危うさを充分秘めているからです。

例えば、南米で深刻化している過度な森林伐採が続くとどうなるでしょうか。人間が木を切り倒すスピードと新たに若木が成長するスピードとの間に平衡関係が成り立つ限りは問題ありません。しかし現在、世界の森林面積は一年に約5.5万 ㎢(だいたい九州と四国を合わせた面積)というペースで失われています。[4]青々と茂る森林地帯はそう遠くない将来、失われてしまうかもしれません。森林は、大気の清浄や多様な生物種の住みかの提供、土壌の保水力の維持、光合成による二酸化炭素固定など重要な働きを担っており、森林減少は生態系サービスの低下に直結することになります。


生態系サービスは複雑な物質循環のループと豊かな生物多様性によって支えられていること、そして人間の無責任かつ無知ゆえの行動がしばしば、それらの秩序を破壊しているという事実を忘れてはいけません。

私たちは、生態系から受けている恩恵をあまりにも当然に思うあまり、生態系への配慮を欠かしてはいけないのです。

まとめ

  • 生物は生態系から様々な利益を享受している
  • 「生態系サービス」:有用資源の提供、環境の調整、文化の醸成など
  • 物質循環と生物多様性があってこそ
  • 持続的に生態系サービスを受けるには、生態系の保全が必要

参考文献

[1]鈴木孝仁 監修,「三訂版 フォトサイエンス 生物図録」, 数研出版

[2]木村龍治ら著,「改訂 地学基礎」, 東京書籍

[3]環境省, 「生きもの・人・暮らし 生物多様性の主流化で元気になる地域

[4]嶋田正和ら著,「改訂版 生物基礎」, 数研出版

〈文=早稲田大学 先進理工学部応用化学科 3年 千島 健伸(note)〉

当ライターの前の記事はこちら:SINIC理論が描き出す未来とは?

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