社会

なぜ温室効果の予測は難しいのか? ~単純系と複雑系という考え方~

2013年、IPCC(国際気候変動に関する政府間パネル)が「2100年までの気温変化予測」を発表しました(第5次報告書)。

第5次報告書の予測に当たっては「代表濃度経路シナリオ」(Representative Concentration Pathways)が用いられており、温室効果(*1)の大きさの違いによって4つのシナリオが想定されています。

(*1:正確には「放射強制力」。詳しくはこちらを参照のこと。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E5%BC%B7%E5%88%B6%E5%8A%9B)

上表からお分かりいただける通り、温室効果の違いを考慮した上で予測しているにもかかわらず、各シナリオに基づいて予測には1℃以上の温度幅が生じています。私たちの直感には反しますが、地球気温がたった1℃上がるだけで大きな気候変動が引き起こされることが知られています。そのため、この「1℃の不確実性」は大きいといっても過言ではないと思われます。

今の人類は、宇宙空間のはるか彼方に人工衛星を飛ばして更にその運行軌道を予測する程度の計算は十分正確にやってのけます。

しかし、こと地球気温変化の予測に関しては、大きな不確実性を伴った予測を出すのが精一杯なのです。各国政府お墨付きの一流研究者が集まって構成されるIPCCでも、です。

予測に伴う大きな不確実性を避けられないのは、地球の気候が「複雑系」であることに関係しています。

それでは「複雑系」とはいったい何なのでしょうか?

目次

  • 要素還元主義の勝利
  • 立ちはだかる複雑系
  • 複雑系との付き合い方
  • まとめ

要素還元主義の勝利

プラモデルや自動車、人体から地球まで、すべてのシステムはいくつかの要素(エレメント)に分解して考えることができます。下図のイメージです。

エレメントの間には何らかの関係性が存在しており、それらがネットワーク構造を作っています。エレメント内部にはさらに別のネットワークが入れ子状態になっていることがあります。このとき母体となっているエレメントのことをサブシステムと呼ぶことがあります。

近代科学が関心をもっていたシステムには、ある特徴がありました。それは「システム全体を考える上で余分なエレメントは無視して理想化しても差し支えない」というものでした。システムに含まれるエレメントのうち本質的ではないものは寄与が小さく無視しても全体の振る舞いには大した影響がない、と換言することも出来ます。このような特徴を備えたシステムのことを「単純系」と呼びます。

要素還元主義的(*2)な手法を取った近代科学は「単純系」の振る舞いをことごとく解明してきました。例えば分子→原子→原子核→素粒子→クォークという具合に、より根源的な粒子を発見することができたのも、生物→器官→細胞→タンパク質→アミノ酸という生物の系列を突き止めることができたのも要素還元主義の勝利だと言えます。

(*2:ある現象を、それよりも小さな要素現象に分析・還元していって、これら要素の作用様式を解明することにより理解することができるとする立場。ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より(https://kotobank.jp/word/%E9%82%84%E5%85%83%E4%B8%BB%E7%BE%A9-48683))

立ちはだかる複雑系

しかし、要素還元主義は万能ではありません。人類はその手法では太刀打ちできない問題にぶつかることになります。人体や脳のはたらき、生態系の振る舞い、経済の動き、そして今回のテーマである地球の気候の振る舞いは「単純系」として理解することができなかったのです。これらは単純系とは異なる性質を備えています。つまり

  • 多くの要素が対等に寄与するため、余分な要素として切り落とすことが難しい
  • 要素間の相互作用が複雑

この2つの要素を兼ね備えているシステムは単純系と対比して「複雑系」と呼ばれています。

複雑系では、予測をするにあたって厄介な挙動が起こることが知られています。例えば、システムの振る舞いが数式で表現されている(決定されている)はずなのに、突如として「カオス」という予測不可能な振る舞いが発生してしまったり、初期条件の微小なズレが時間経過に伴って増幅されてしまう「バタフライ現象」が起こることが知られています。

気候に当てはめるなら、突如としてハリケーンや台風が生じるのがカオス、わずかな風が積乱雲に発達して台風になるのがバタフライ効果として説明することができます。

このように地球の気候というシステムに対しては複雑系であるがゆえの「複雑性」が現れます。そのせいで予測には大きな不確実性がついてまわると言えるでしょう。

複雑系との付き合い方

このように、自然や社会の中に存在するシステムは、理想化によって比較的簡単に解決できる単純系と、カオスやバタフライ効果が発生するために予測が困難な複雑系に二分できることが分かりました。

それでは複雑系に対して、私たちはどのように接するべきなのでしょうか?

宇宙物理学者の池内了(いけうち・さとる)氏は「複雑系では、分からないままでいなければならない」と述べています。もちろん、ある程度の幅を持たせた予測や天気予報の降水確率のように「傾向」は知ることができます。しかし打ち上げた人工衛星が何時何分何秒どこにいる、というような正確な予測を立てることはできない、ということです。

その他にも、地球大気の温室効果については、二酸化炭素が原因であるという主張をする人々とそれに反対する人々がいるが、大気の動きが複雑系であるがゆえに、この議論は明確な決着はつかないだろうとも述べています。

まとめ

  • 近代科学は要素還元主義の手法を用いて、単純系の振る舞いを理解した
  • 複雑系ではカオスやバタフライ効果といった厄介な現象が生じるので、その振る舞いを完全に予測することは不可能に近い
  • 「分からない科学もある」ということを肝に銘じておく必要がある

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いかがだったでしょうか?

先ほど本文中で説明した通り、人体、生態系、天気(地域的なものから全世界的なものまで)そしてモノやヒトの流通など…、少し見渡すと私たちの身の回りは「複雑系」ばかりです

そのような世界に住む私たち人間が「これは絶対に正しい!」とか「これは確実に安全だ!」ということは言えないのではないかと思います。

【参考文献】

『高校生のための科学評論エッセンス ちくま科学評論選』(岩間輝生、坂口浩一、関口隆一、吉田修久編)

『速度論』(小宮山宏著)

〈文=早稲田大学 先進理工学部応用化学科 3年 千島 健伸(note)〉

当ライターの前の記事はこちら:世界の超一流プレゼンテーターに学ぶ! ~『TED 驚異のプレゼン』を読んで~

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