日常

物事の本質を考える

目次

  1. お菓子売りの少女
  2. 梅田での出来事
  3. 校則に感じた違和感
  4. 野球部はなぜ坊主?
  5. 国会の本質を考える
  6. 物事の本質を考え、疑問を持ち、声に出していく

1.お菓子売りの少女

先日、駅前を歩いていると東南アジア系の留学生を名乗る少女から、お菓子を買わないかと声をかけられた。路上販売は法律で禁止されているし、1つ500円という高額な価格設定から買う気にはなれなかったが、留学生を支援している政府の制度や支援団体を紹介しその場を去った。なぜ私がこのような行為をしたのか。それは大阪の梅田駅で出会ったホームレスの方に対する行動の反省からだった。

2.梅田での出来事

私は大学の講義の中で路上生活をしているホームレスの人は必ずしも自分のことを不幸せと考えていないとの意見を目にしたときホームレスの人はかわいそうだという自分の中にあった偏見が消えた。その思いを強くした出来事がある。大阪に行った際、梅田駅の近くで土下座をしながら物乞いをする人を見かけた。これは自分だったらプライドが邪魔をして絶対にできない行為だと思った。それでも、このホームレスの人は生きていくために土下座という選択肢をとっているのだなと考えた時にとてもたくましいと感じた。近くにマックがあったので、ハンバーガーのセットを買おうと考えたが、前日に食べていた場合、その人の嫌いなものが入っていた場合、アレルギーを持っていた場合どう行動すればよいのかを考えたあげく、自分の好きなものを変える現金 500 円と12月中旬の寒い時期だったのでホッカイロ二つを差し入れさせて頂いた。しかし、ここで後悔したことは問題の本質的な解決になっていなかったということである。500 円とホッカイロ二つの差し入れでは 1 日は生活としても、次の日の生活ができない。自分がやるべきだったことは、その日をしのげる食べ物とホッカイロの差し入れに加えて、支援団体の連絡先と住所、電話代、電車賃を差し上げることだったのではないかと考えた。さらに後悔したのは差し入れをした行為が恥ずかしいと感じその場を去ってしまったことだ。あそこで自分がやるべきことはその人と対話を行い今後どうしていきたいか一緒に考え、ベストだと考えられる選択肢を見つけることだったと思う。

3.校則に感じた違和感

私は、物事の本質を考えるようになってから世の中に対して様々な疑問を抱くようになった。例を挙げると、学校の校則で風紀を乱さないために黒髪にしなさいという校則だ。地毛がもともと茶色の人もいるので、私は髪の毛の色が違うだけで風紀を乱すという考え方はどうなのだろうか。髪の色を染めて補導されている同級生を見た時、高校生の頃は「ルールだから怒られるのは仕方ない」と考えていたが、そもそも学校の本質は生徒に学問を教えることにあるので勉強に支障が無ければ髪型はあまり関係がないのではないかと疑問に思った。

4.野球部はなぜ坊主?

もう一つ例を挙げると、野球部=坊主頭という習慣だ。坊主にする理由は、「プレーに集中するため」「伝統だから」「相手に威圧感を与えるため」「統一感」など、様々な理由が挙げられるが、多くのチームの最終目標が「勝つ」ことにあるとしたら、髪の毛を坊主にすることが必ずしも必要なのかと疑問に感じた。私は中高と野球部に所属していたが、その中で感じたことは坊主に抵抗があるチームメイトが何人かいたということだ。その子が先輩や監督に「明日、大会だから3mmで切ってきて」と言われる姿を見るとチームの決まり事とはいえ、少し不憫に感じたことがある。坊主頭が嫌といって野球部に所属しない子もいた。勝つために「統一感」を出したいなら全員が共有できる共通の目標を話し合って決めるなど色々な選択肢がある中で安易に坊主にしようとするのはどうなんだろうと疑問に感じた。勝利のためにチームが一丸となるための統一感は外見だけでだすのではなく、中身も伴ってからしっかりと作用されるのではないかと感じた。

5.予算委員会の本質を考える

サンボマスターの「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」の歌詞に「悲しい言葉では何も変わらないんだぜ」というフレーズがある。このフレーズに私は物事の本質を突いている歌詞だなと感じた。例えば、予算委員会で野党が与党の議員の不倫に関しての週刊誌的な議題や漢字が読めない議員に対して漢字クイズなどの議題を持ち出し批判するというようなことがあった。そのような報道を見るたびに批判ばかりではなく、もっと話し合う議題があるんじゃないかと感じてしまう。確かに品位を欠く言動や行動は国政を司るものとして慎まれるものであると思うが、国会議員の役割は大雑把に言ってしまうが国の発展のために尽くすことなので、プライベートな問題と汚職等の公的な問題は別物として考えるべきだと思う。野党は建設的な話し合いをしていくためには批判だけでなく、提言もセットで行っていくべきだと感じた。

6.物事の本質を考え、疑問を持ち、声に出していく

私は今まで、「伝統だから」「決まりだから」と考え、惰性に身を任せて生きてきた。しかし、物事の本質を考えるようになってからそれって本当に正しいのか?考えるようになった。意見を出すときはしっかりと根拠を持って提案できるようにしていきたい。

<文=末田椋資>

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