国連が発表したデータによると、世界人口の推移は1987年には約50億人だったのが、2011年には約70億人を突破し、2050年には約98億人に到達する予測です。【1】
人類全体が使用している資源量(食糧やエネルギー資源など)を賄うには、2000年時点で地球1.5個分の資源が必要と言われており、すでに人類の生活が環境に与えている負荷は地球のキャパシティーをはるかに超えています。【2】
このまま人口増加と技術革新による生活水準の向上が進めば、食糧やエネルギー資源が不足する事態を回避する事はできません。
この危機的状況を救う切り札として注目されているのが、およそ5億年前から地球上に存在していたミドリムシ(学名:Euglena)という微生物です。
ミドリムシは動物と植物の中間という奇妙な特性を持つために、動物性・植物性栄養素のどちらも作ることができます。それらの栄養素は、ビタミンをはじめとしてミネラル、アミノ酸、不飽和脂肪酸などであり、種類は合計で59種類にも上ります。
また、ミドリムシは葉緑素を持つので一般の植物と同じ様に光合成を行います。そして光合成によって蓄積したエネルギーを石油と同じように精製すればバイオ燃料として利用することができるのです。
しかし一方で、この夢のようなミドリムシ利用を実現させるためには大きな難題をクリアしなければなりませんでした。それは「大量培養が極めて難しい」ということです。当時の研究者の間では「ミドリムシを培養できたら、他に培養できないものはない」とまで言われていました。
この難題を解決してミドリムシ利用の活路を開いたのが、東大発バイオベンチャー「ユーグレナ」です。
当時の技術では、月に耳かき一杯しか培養できませんでしたが、「ユーグレナ」は一回に66㎏ものミドリムシ(※乾燥時において)を培養することに成功しました。
技術面での問題は解決され、ミドリムシ利用のビジネスは順風満帆に行くかと思いきや、それからしばらくは思うように業績が伸びず、苦労の連続だったそうです。
創業者の出雲充(いずもみつる)氏は当時のことを振り返り、このように語っています。
辛酸を味わった約3年間を通じて、学んだことがある。それは、人類の進歩に資するテクノロジーには「サイエンティフィカリーコレクト」(科学的な正しさ)と、「エモーショナリーアグリーメント」(感情的な共感)の両方が必要だということだ。
「科学的な正しさ」と「感情的な共感」とはいったいどういう事でしょうか?
目次
- 「ユーグレナ」の勝算
- 相次ぐ拒絶
- 逆境から順境へ ~3つの要因~
- まとめ
「ユーグレナ」の勝算
そもそも出雲氏がミドリムシ事業をスタートさせるきっかけとなったのが、日本の研究者が中心となって構想した「ニューサンシャイン計画」と呼ばれるものでした。先ほど紹介した、ミドリムシによる食糧・エネルギー供給はこの計画で考え出されたものでしたが、発表時の技術レベルではあくまで「ミドリムシの大量培養が成功したらの話」にすぎませんでした。
出雲氏はここに目を付けて、ミドリムシの大量培養技術の開発に取り組み始めました。そしてついに2005年12月、石垣島の屋外培養プールにて世界初となるミドリムシの大量培養に成功したのです。
相次ぐ拒絶
そんな喜びもつかの間、2006年1月、とある大事件が起きました。その名も「ライブドア事件」。社長の堀江貴文氏が逮捕されるなど、社会的に大きな話題となりました。
その影響は、ライブドアから資金援助を受けていた「ユーグレナ」にも飛び火しました。
かつては「ミドリムシに期待してますよ!」と言ってくれていた取引先からは、異口同音に「すみません、取引させていただくことは難しくなりました」。という断りの連絡が続く日々。
このような逆境にもめげず、ミドリムシを使ったサプリメントの営業を続けていた「ユーグレナ」でしたが、そもそも「ミドリムシ」という生物の存在がよく理解されておらず、「ミドリムシ?芋虫の仲間ですか?そんなものを食べるなんて気持ち悪い!」という風に拒絶されることも多々あったそうです。
繰り返しになりますが、ミドリムシの大量培養は成功しており、食糧やエネルギー問題におけるミドリムシのポテンシャルは十分認められていました。さらにライブドア事件以後、ユーグレナは自社株を完全に買い戻してライブドアとの関係性を完全に断ち切っています。
つまりミドリムシと「ユーグレナ」には客観的・科学的という点に関して、問題はなかったのです。
それにもかかわらず、人々がミドリムシを受け入れられなかったのは、「ライブドア関連?そことは取引できないよ」、「ミドリムシ?そんな得体のしれない生き物を食べるなんてとんでもない!」といった拒絶、つまりは「感情的な共感」を得られていなかったからなのです。
逆境から順境へ ~3つの要因~
では、このまま拒絶が続いたかと言えばそうではありません。「ユーグレナ」を取り巻く状況が好転した3つの要因がありました。
まず一つ目が、営業取締役である福本拓元(ふくもとたくゆき)氏の決死の営業でした。
出雲氏に「あれほど真剣に物を売ろうとする営業マンを、僕は見たことがない」、「日本に営業に行ってない会社は、ない」と言わしめるほどの熱心さで確実に営業成績を伸ばし、金銭的に最も苦しかった時期の「ユーグレナ」を支えました。
二つ目が、伊藤忠商事との出会いでした。「ユーグレナ」の取り組みが伊藤忠の食品部門で働いていた商社マンの目に留まり、それからは伊藤忠とパートナーシップを結ぶための企画書・提案書作成の日々が始まりました。そして2008年5月、1年以上に及ぶ交渉の末に研究開発費の支援が決定したのです。それだけではなく、その時期からゼネコンや石油会社、航空会社など徐々に興味をもってくれる企業が増えたそうです。
最後に、環境問題への関心が高まったことも、「ユーグレナ」にとって追い風となりました。きっかけになったのは、元アメリカ副大統領アル・ゴア氏が制作し、アカデミー賞に輝いたことでも話題となった『不都合な真実』という環境ドキュメンタリー映画でした。この映画を観た人々の間で環境問題への関心が醸成され始め、ミドリムシの高い二酸化炭素吸収能力や食糧利用へのポテンシャルが評価されるようになり、ミドリムシへの反応も「芋虫?気持ち悪い!」というものから「それはすごい、早く実現してほしい」というものへと変わり始めました。
こうして数々の逆境を切り抜けた「ユーグレナ」はサプリメント事業を始め、化粧品、バイオ燃料、遺伝子・健康検査サービス、発展途上国支援など様々な分野に進出し、2013年には、ビジネスや技術において注目すべきイノベーションを達成した日本と米国の企業に与えられる「Japan-US Innovation Awards」を受賞しました。【3】
まとめ
- 新技術は「科学的な正しさ」が前提
- 「感情的な共感」は忘れられがち、しかし大事な要素
- 新しい技術を浸透させる為にはどちらも欠かせない
世の中を見渡せば「科学的な正しさ」が前面に強く押し出され、「感情的な共感」がなおざりにされてきたケースはたくさんあると思われます。
例えば福島第一原子力発電所の「処理水」放出の是非などもその中に含まれると思います。
これからの時代は、「科学的な正しさ」だけに傾倒せず「感情的な共感」を置き去りにしない姿勢がキーポイントになってきそうです。
参考文献
【3】株式会社ユーグレナ
【参考書籍】『僕はミドリムシで世界を救うことに決めました。――東大発バイオベンチャー「ユーグレナ」のとてつもない挑戦』 出雲 充 著
〈文=早稲田大学 先進理工学部応用化学科 3年 千島 健伸(note)〉
当ライターの前の記事はこちら:環境づくりは現状把握から 5つの「環境チェックリスト」