教育

教育DXの全体像と取り組みの背景

目次

  1. はじめに
  2. 子どもたちの多様性と教育ニーズの変化
  3. 自己調整学習を支援する仕組みの導入
  4. 校務支援・学習支援の業務効率化
  5. 高校入試事務のデジタル化による効果
  6. 情報の非対称性の解消とデジタルツールの調達支援
  7. 自治体・分野を越えたデータ連携と認証基盤
  8. まとめ:すべての子どもに最適な学びを届けるために

1.はじめに

教育分野のデジタル・トランスフォーメーション(DX)は、個別最適な学びの実現、教職員の負担軽減、自治体業務の効率化といった観点から急務となっています。文部科学省や総務省、経済産業省といった関係省庁がそれぞれの役割を担い、教育現場のICT化、データ活用の促進、デジタル基盤の整備が進められています(文部科学省, 2023a)。

背景には、人口減少社会への対応という日本社会全体の課題があります。教育においても、従来の「画一的な授業」から「需要に応じた柔軟な学び」への転換が求められており、学習者中心のアプローチが重要とされています。

2.子どもたちの多様性と教育ニーズの変化

現在の児童生徒は非常に多様な背景を持っており、一律の教育では対応しきれない状況が生じています。たとえば、小中学生のうち15.7%が「授業の内容が難しすぎる」と感じており、逆に18.5%が「簡単すぎる」と回答しています(国立教育政策研究所, 2024)。また、家庭で日本語を話さない子どもや、発達障害の可能性がある子、特異な才能を持つ子、不登校傾向の子など、支援を必要とする児童の割合も増加傾向にあります(文部科学省, 2023b)。

このような背景の下、タイピング、音声入力、動画教材、アダプティブドリルといった多様なインターフェースやメディアを通じて、子どもたち一人ひとりに応じた柔軟な学びの提供が求められています。デジタル技術は、学習ログやポートフォリオの蓄積によって、児童生徒自身の振り返りや教員の的確なフィードバックも可能にします。

3.自己調整学習を支援する仕組みの導入

OECDによるPISA2022調査によると、日本の15歳生徒のうち63.3%が「自分で学習計画を立てる自信がない」、65.3%が「学習の進み具合を評価する自信がない」と回答しています(国立教育政策研究所, 2023)。こうした課題に対応するため、学習ログやダッシュボードを活用した自己調整型学習支援の実践が広がっています。

具体的には、生徒が授業前に自らの目標を設定し、授業後に振り返りを行う形式で、教員はその内容をもとに支援の優先度や方法を判断します。このような取組は、生徒の主体性を育むだけでなく、教師による指導の質も高めると期待されています。

4.校務支援・学習支援の業務効率化

学校現場では、児童生徒のアカウント管理や名簿管理などに多大な時間がかかっています。これらを標準仕様(例:OneRoster CSV, LTI)に基づいて連携することで、年度更新・進級・転出入時の手続きが自動化され、業務時間の削減が可能になります。

文部科学省(2023c)の調査では、進級処理や保護者からの情報収集業務をデジタル化した結果、教職員の年間作業時間を最大70%以上削減できた自治体も報告されています。これにより、教職員は本来業務である児童生徒の指導により多くの時間を充てられるようになっています。

5.高校入試事務のデジタル化による効果

高校入試業務は、調査書の作成、配布、提出、確認といった多くの工程が紙ベースで行われています。こうした業務のデジタル化は、中学・高校双方の教職員にとっての負担を大幅に軽減する可能性があります。

岐阜県教育委員会の試算では、高校入試にかかる全プロセスをデジタル化することで、年間約3万5千時間の削減、費用換算で約1.5億円のコスト削減効果が見込まれています(文部科学省, 2023d)。今後は、市町村と都道府県の垣根を越えた連携によって、高校入試の完全デジタル化が進むことが期待されます。

6.情報の非対称性の解消とデジタルツールの調達支援

教育現場と民間事業者との間には、製品・サービスの情報格差が存在しています。これを解消するため、文部科学省などはGIGAスクール端末や学習アプリの紹介イベント(ピッチ)を開催し、教育委員会による適切な選定を支援しています(文部科学省, 2023e)。

さらに、全国の教育関係者が利用できる「教育DXサービスマップ」や、教育委員会同士が相談・交流できるSlackベースの「共創プラットフォーム」などが整備され、情報交換やナレッジ共有が進められています。

7.自治体・分野を越えたデータ連携と認証基盤

今後の教育データ活用を円滑に進めるためには、教育機関間、自治体間、さらには医療・福祉・雇用といった他分野との連携も視野に入れた認証基盤の整備が不可欠です。

教育委員会だけでなく、進学先や奨学金提供団体などが学習履歴を活用する場面も増える中、個人起点の安全なデータ連携の仕組みが求められています。文部科学省は、本人同意に基づくデータ活用や未成年の同意管理も含め、分野横断的なルール整備を進めています(文部科学省, 2023f)。

8.まとめ:すべての子どもに最適な学びを届けるために

教育DXの推進は、ICT導入による業務効率化だけでなく、子ども一人ひとりに応じた個別最適な学びの実現と、教育機会の格差是正を含む包括的な取り組みです。デジタル技術は、指導者を代替するものではなく、学習者の主体性と教員の専門性を最大化するための支援ツールとして位置づけられています。

すでに実証段階から実装フェーズに入っている教育DXの取り組みを、自治体・学校・企業・国が連携して継続的に発展させていくことが重要です。

参考文献(References

  • 国立教育政策研究所. (2023). OECD生徒の学習到達度調査(PISA2022). https://www.nier.go.jp
  • 国立教育政策研究所. (2024). 令和6年度全国学力・学習状況調査. https://www.nier.go.jp
  • 文部科学省. (2023a). GIGAスクール構想. https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_00002.htm
  • 文部科学省. (2023b). 義務教育に関する意識に係る調査. https://www.mext.go.jp/content/20230714-mxt_syoto01-100002276_1.pdf
  • 文部科学省. (2023c). 校務支援システム標準化の推進. https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyouikujouhou/1415552.htm
  • 文部科学省. (2023d). 高等学校入学者選抜制度の見直しについて. https://www.mext.go.jp/content/20230601-mxt_koukou01-100000015_3.pdf
  • 文部科学省. (2023e). EdTechピッチイベント開催情報. https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/edtech/index.html
  • 文部科学省. (2023f). 教育データ利活用ロードマップ. https://www.mext.go.jp/content/20230412-mxt_syoto01-100002012_1.pdf

<文責=末田椋資>

当ライターの前の記事はこちら:次期学習指導要領改訂に向けた展望と課題 ― 教育DXと多様性包摂を背景に ―

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