哲学

『ニーチェの哲学』について考える①

株式会社シグマライズの斎藤です。

サラリーマン時代に、社内向けに毎週ちょっとした読み物を書いていて、今回はその一部を紹介したいと思います。(ちょっと手抜きです。)

今見たら2014年の11月9日に書いていたので、6年前ぐらいに書いていた文章です。御興味ある方は是非読んで下さい。

斎藤清二の週報:『ニーチェの哲学』について考える

大学生の時のゼミで哲学を専攻していて、有名な哲学者の思想を一通り勉強しました。

どんな授業を受けても全然面白いと感じ無かったのですが、哲学の授業だけはすごく面白くて、大学に入って良かったと思えました。

最近、勉強の息抜きに大学時代に読んでいた「ニーチェ入門」(竹田 青嗣著)を引っ張り出して読んでみたら、学問としてだけで無く、ビジネスとして使える考え(なぜ働くのか?どのように働くべきか?)について考えさせられることが書いてあるな。と思いましたので一部紹介したいと思います。

ニーチェの思想の1つとして有名なのが「ルサンチマン(反感)」による道徳の批判です。もともとは当時のキリスト教批判なのですが、現代でも同様の道徳感を持っている人も多いと感じますし、そういった道徳感を持つ機会も多くあるのでは無いかと思います。

「ルサンチマン(反感)」による道徳感の簡単な例を挙げると、お金持ちに対して「何か悪いことをやっているに決まっている」と思うような道徳感です。

お金を持っている「強者」=悪とすることで、お金を持っていない「弱者」=良い、転じてお金を持っていない自分=良い、とする道徳感です。

道徳感の発生の仕方が、何かに対するカウンターという形であるのが特徴で、自分が本当は羨ましく思っているのに、それが達成できないために、それを持っている人に対するルサンチマン(反感)から発生するような道徳感であり、すっぱいブドウのエピソードで語られるような心理的な顚倒によってもたらされる道徳感になります。

(本人自体がその心理的な顚倒を意識できないようなケースも多くあります。)

これに対し、ニーチェが設定したあるべき道徳感は以下のようなものになります。

(以下「ニーチェ入門」から抜粋)

 つまり、「弱者」にとってほんとうに重要なのは、自分より「良い境遇」にある人間に対して羨みや妬みを抱くことでなく、より「高い」人間の生き方をモデルとして、それに憧れつつ生きるという課題である。また「強者」にとって重要なのは、他人の上にあるということで奢ったり誇ったりする代わりに、自分より弱い人間を励ましつつ、つねに「もっと高い、もっと人間的なもの」に近づくように生きるという課題なのである、と。

さて、こうしてニーチェによればルサンチマンはいつでも人間における「人間的なもの」をスポイルする最大の原因なのだ。

(抜粋終了)

ルサンチマンによる道徳によって、本来の「よい・わるい」が顚倒され、あるべき道徳感と混ざることで人間が凡庸化していく、それはあるべき道徳感では無いとニーチェは言います。

本当に良いと思うべきことは何か?

ルサンチマンによって本来良いと思うべきものを「悪い」と思っていないか?

妬みや嫉みから批判をしていないか?

弱者を引き上げるような行動が取れているか?

自分の道徳感がルサンチマン的な発生をしていないかどうかを検証していく必要があり、仕事においても、常に本来的な「よい・わるい」を念頭に働いていく必要があるように思います。

〈文=株式会社シグマライズ 代表取締役社長 社会保険労務士 斎藤 清二(@saitoseiji0124)〉

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