書評

「ファインマンさん ベストエッセイ」を読んで

「現代物理学の父」と呼ばれる物理学者アインシュタインが提唱した相対性理論。

そして20世紀以降、急速に発達してきた量子力学(*1)。

この2つの理論体系を統合させた功績によって3人の物理学者が1965年のノーベル物理学賞に輝きました。受賞したのは日本の朝永振一郎、アメリカのジュリアン・シュウィンガー、もう一人がリチャード・ファインマンという物理学者です。

1918年、ニューヨークで生まれたファインマンは名門マサチューセッツ工科大学を卒業したあと、コーネル大学やカリフォルニア工科大学の教員として過ごしました。

既に紹介したノーベル物理学賞をはじめとして、マンハッタン計画(*2)への参加や、今なお高い評価を得ている教科書「ファインマン物理学」の執筆、チャレンジャー号爆発事故(*3)の調査など、20世紀の物理学に大きな足跡を残しました。

彼のもう一つの魅力が、歯に衣着せぬ痛快な語りです。物理学者ならではの深い洞察と鋭い「ファインマン節」は多くの人々の心を掴んでいます。

今回は、そんな彼のエッセイ集「ファインマンさん ベストエッセイ」をご紹介します。

(*1:原子や電子といった、きわめて小さな世界における物理現象を扱う学問分野)

(*2:第二次世界大戦中に連合国が推進していた原子爆弾開発プロジェクト)

(*3:スペースシャトル「チャレンジャー号」が打ち上げ直後に爆発した事故。部品の損傷が直接的な原因だと言われている)

目次

  • チェスの傍観者
  • 「ナノテクの父」ファインマンさん
  • 「懐疑」と「無知」の大切さ
  • まとめ

チェスの傍観者

生涯を通じて原子、もしくはそれよりも小さなスケールを相手どってきたファインマン。そんな彼の自然観をうかがい知ることのできる逸話をご紹介します。

彼は科学者のことを「チェスの対戦を眺めている傍観者」に例えました。

その傍観者は始め、チェスのルールを知りません。しかし対戦を見続けていれば、いずれチェスのゲームが「何らかのルール」に従って進行していることに気がつくでしょう。

例えば、「手番は交互に回る」、「取った駒は使えない」といったことはすぐに分かりそうですが、ビショップやルークといった駒の動き方すべてを理解するのは少し時間がかかりそうです。キャスリング(*4)という特殊な動きを発見して理解するにはもっと長い時間を要するでしょう。

(*4:チェスにおいてキングとルークを同時に動かすこと。これを行うには特別な条件を満たす必要がある。)

ファインマンは、チェスの傍観者がゲームを見ながらルールを理解していく様子を比喩に用いて、科学者たちが自然の営みを観察しながらその奥に隠れた法則を見出していく様子を巧みに表現しました

「ナノテクの父」ファインマンさん

半導体業界の経験則として「ムーアの法則」が知られています。これは「半導体の集積率は18か月で2倍になる」というものです。ICチップの性能は集積率に比例するので、ムーアの法則はICチップの性能は18カ月で2倍になる」と言い換えることもできます(*5)。

(*5:詳しくはこちらを参照のこと)

このように半導体製造に代表されるナノテク分野の技術進歩のスピードには目覚ましいものがありますが、実は「ナノテク」の歴史をたどってみると、初めてその可能性を指摘したのがファインマンだったのです。そのためファインマンは「ナノテクの父」としても知られています。

本書では、ファインマンがナノスケールでのモノづくりに秘められた可能性について語った講演の内容が掲載されています。その講演のタイトルは “There’s Plenty of Room at the Bottom.”。直訳すると「底の方にはまだたくさんの余地がある」となるでしょうか。これでは意味が通りにくいので、講演の中身に即して大胆に意訳するならば「ナノスケール領域にはまだまだたくさんの興味深いことがある」と翻訳できます。まさに「ナノテク時代」の到来を予見した内容でした。

「懐疑」と「無知」の大切さ

ファインマンが重要視し、生涯貫いた姿勢が「徹底的な懐疑」でした。

今まで受け継がれてきた知識を疑い、検証すること。こうした姿勢が人類の発展に欠かせないことは歴史が証明するところです。

科学は「懐疑」の精神によって華々しい成功を収めた筆頭と言えます。例えば中世、天文学者が観測してきた膨大な記録を基にして天動説を疑い、地動説への転換が起こったのは好例の一つです。

このように過去から伝えられてきた知識の真偽を懐疑する姿勢は大切です。しかし、それと同時に自分たちも間違いをはらむ危険性があることを見落としてはいけません。そこで必要なのが「無知であることの自覚」なのだとファインマンは述べています。

「自分が間違っているかもしれない」という思いを頭に置きながら研究を行うこと。常に別の可能性の扉を開けたままにしておくこと。答えを知ることではなく、答えが分からない状態を甘んじて受け入れ楽しむこと。

これこそファインマンが大切にしていた哲学でした。彼は次の言葉を残しています。

「間違っているかもしれない答えをもって生きるより、答えを持たないで生きる方がずっと愉快さ」

この一言に物理学者リチャード・ファインマンの精神が凝縮されているような気がします。

まとめ

  • 科学者は「チェスの傍観者」のようなもの
  • ナノテク時代の到来を予見していたファインマン
  • 過去の知識を懐疑し、自らの無知を認めることの大切さ

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物理への深い理解に裏打ちされた思考が、歯に衣着せぬ語り口で明快に紡ぎ出される感じが、読んでいてとても楽しかったです。

専門的で難しい内容はそれほど出てこないので、物理に慣れ親しんだことがなくても、楽しく読んでいただけると思います。

【参考文献】

リチャード・P・ファインマン著, 大貫昌子・江沢洋訳, ファンマンさん ベストエッセイ, 岩波書店

〈文=早稲田大学 先進理工学部応用化学科 3年 千島 健伸(note)〉

当ライターの前の記事はこちら:人類と原子力の付き合い方を考える ~『原子・原子核・原子力』を読んで~

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