科学

バイオ燃料技術のこれから

二酸化炭素排出量削減の対策として「バイオ燃料の活用」が推進されています。

ここではバイオ燃料の基本原理から、その問題点とこれからの課題について解説していきたいと思います。

目次

  • 1.バイオ燃料の基本原理
  • 2.「カーボン・ニュートラル」の概念と問題点
  • 3.バイオ燃料のこれから
  • 4.まとめ

1.バイオ燃料の基本原理

バイオ燃料とは、植物体(バイオマス)から製造された燃料のことです。大きく3つに分類することができます。

  1. エタノールのみ
  2. エタノール+石油製品
  3. エタノール+油脂

①と②は主にガソリンの代替物、③はディーゼル燃料の代替物になると言われていますが、いずれにしてもバイオ燃料を作るためにはエタノールが必要ということです。

エタノールとは人間が飲用にしているアルコールそのものです。バイオ燃料に使われるエタノールも基本的には醸造と同じ原理に基づいて作られています。

ここでは穀物からエタノールを製造するプロセスを解説します。

穀物からエタノールを作るには、まず主成分のデンプンを分解してあげる必要があります。この過程を糖化と言います。

糖化することによって得られた単糖(ブドウ糖など)に酵母を作用させると、酸素がない条件下でブドウ糖を代謝してエタノールと二酸化炭素を排出します。これは次の化学反応式で表されます。

こうして穀物からブドウ糖、ブドウ糖からエタノールが得られます。

特に、飲用・食用以外の目的で製造される場合はバイオエタノールと呼ばれることが多いようです。

バイオエタノールの導入が進んでいる国としてはブラジルが挙げられます。ブラジルでは1970年代のオイルショック以降、バイオ燃料の導入を進めており現在はサトウキビを原料にしてバイオ燃料で走る自動車が広く使われています。

2.「カーボン・ニュートラル」の概念と問題点

バイオエタノールの原料は糖類を多く含むサトウキビやテンサイ、トウモロコシといった植物です。

これらの植物体を構成している炭素は、もともと植物自身が太陽光エネルギーを使って大気中の二酸化炭素を固定したものです。

つまり、バイオ燃料を燃やして排出される二酸化炭素はもともと大気中にあったものといえます。

この考え方を推し進めて「バイオ燃料ならば燃やして二酸化炭素を出しても、二酸化炭素の排出量は正味ゼロとみなせる」という風に考えることも可能です。この考え方をカーボン・ニュートラルと言います。

ここまで聞いている方の中にはもしかしたら「化石燃料はすべてバイオ燃料に置き換えられるのではないか?」と思う方がいるかもしれません。

しかし現実はそう上手く行きません。カーボン・ニュートラルの考え方は大きな問題点を含んでいます。

それは「バイオエタノールを得るためにエネルギー投入する必要がある」という事実です。

あくまでもカーボン・ニュートラルはこの事実を無視したうえで成り立つ発想にほかなりません。

植物からバイオエタノールを得るためには、まずそれらを栽培する必要がありますが、ここで多くのエネルギーが投入されることになります。収穫した植物を輸送するためにもエネルギーが必要です。もちろんエタノール製造・精製の時にもエネルギーを投入します。そしてエネルギー投入には二酸化炭素の排出がセットになっています。

すなわち、バイオ燃料から回収できるエネルギーが燃料製造過程で投じられたエネルギー量を上回らなければ、ただ化石資源を浪費しただけになってしまいます。

農学博士で東京農業大学名誉教授の小泉武夫氏はバイオ燃料に否定的な見方を示しています。

私は、「バイオエタノールなんかやめてしまえ」というのが持論です。(中略)そこからエタノールをとるには、ものすごく大量の燃料を使って蒸留(*1)する必要があるのです。

(『小泉武夫のミラクル食文化論』より)

バイオ燃料を作るプロセスで必要なエネルギーが「割に合わない」限りは、二酸化炭素排出量削減という目標を達成する手段としてバイオ燃料は賢い選択とは言えないと思います。

(*1:沸点の違いを利用して異なる物質を分離する操作のこと。工業プロセスでは頻繁に使われるが、高温にする必要があるために多くのエネルギーが必要になる。)

3.バイオ燃料のこれから

ここまでバイオ燃料活用に対する否定的な意見を紹介しましたが、決して見込みがないわけではありません。

単純な話、バイオ燃料を使うことで二酸化炭素排出量を削減するためには、なるべく少ないエネルギー投入でエタノールを製造できるようにすればいいのです。

現状のエタノール製造では、バイオマスの糖化工程と、エタノール精製工程に多くのエネルギーが投入されています。

そこでこれらの工程を、より低エネルギーで実施するための技術開発が盛んに進められています。ここではそんな取り組みのうちいくつかをご紹介します。

①「砂糖イネ」の開発

福建農林大学と名古屋大学の研究チームが、受精に失敗したイネが米粒の代わりに高純度(98%ショ糖)の砂糖水を生成することを発見しました。

この「砂糖イネ」をバイオエタノール原料にすることができれば、エタノール生成のための糖化工程で必要なエネルギーや二酸化炭素排出を大幅にカットできることが見込まれます。

(日本の研究.comプレスリリース, https://research-er.jp/articles/view/93459

②レーザー光でセルロースを分解

東京理科大学の研究チームは、赤外自由電子レーザーを2段階の異なる波長で照射することで、セルロース(*2)を効率的にグルコースに分解できることを発見しました。

(*2:植物の体を構成する物質で、たくさんのブドウ糖が連結してできている)

セルロースはバイオエタノールの原料として使うことが原理的には可能である一方で、非常に安定で分解しにくいことが知られており、その安定性がバイオエタノール原料としての可能性を阻んでいました。

もしかすると、この技術によってその壁を突破できるかもしれません。

(東京理科大学, https://www.tus.ac.jp/mediarelations/archive/20200629_0102.html

③水-エタノール分離膜

製造されたエタノールはそのままでは製品として使うことができません。蒸留操作によって混在している水と分離して初めて、バイオ燃料として使うことができるようになります。この蒸留操作に大量のエネルギーが必要なことは前の章で説明した通りです。

しかし今、砂利と細かい砂をふるい分けるように、水とエタノールを分離してくれる膜(分離膜)の開発が盛んにおこなわれています。

もし分離膜の導入によって蒸留使用の割合を減らすことができれば、それだけで大きな省エネルギーにつながります。

(桐山製作所, https://www.kiriyama.co.jp/labo/2020/06/04/49

4.まとめ

  • バイオ燃料は作る時に意外とエネルギーが必要
  • エネルギーの投入分と獲得分のバランスは吟味しないとダメ
  • 技術革新によってはバイオ燃料が普及する可能性が充分ある

【参考】

・荻野和子, 竹内茂彌, 柘植秀樹著, “環境と化学 グリーンケミストリー入門”, 第3版, 東京化学同人(2018).

・小泉武夫著, “小泉武夫のミラクル食文化論”, 第1版, 亜紀書房(2015).

・新家龍, 今中忠行著, “微生物工学入門 バイオテクノロジーと生命科学”, 第1版, 朝倉書房(1991).

〈文=早稲田大学 先進理工学部応用化学科 3年 千島 健伸(note)〉

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