前回の記事では、日本における科学と軍事の関係性をご紹介しました。
今回は「戦争が科学を発展させた」事例として取り上げられることが多い、コンピュータ技術の発展について見てみたいと思います。
コンピュータは本当に軍事研究の産物といえるのでしょうか?
目次
- 弾道計算と暗号解読
- 「戦争は発明の母」論
- 軍事研究である必要性
- まとめ
弾道計算と暗号解読
第2次世界大戦の最中、アメリカ軍を悩ませていた課題がありました。それは「弾道計算にかかる時間と人的コスト」でした。
弾道計算とは、弾丸を目標地点にまで飛ばすのに必要な、大砲の角度と火薬の量を決める計算ことです。距離、風向、風速、気温、湿度といった様々な変数が絡むので、計算は複雑になりますし、戦場で計算する手間を省くために前もってあらゆるパターンについて一つずつ計算しておく必要がありました。
この作業の為に弾道計算専門の研究施設が作られましたが、計算を実行する人員(計算手、英語だとcomputer)の不足を避けることはできませんでした。
この状況の打開を目指していた軍が目を付けたのが、ペンシルバニア大学の研究者モークリとエッカートでした。
ペンシルバニア大学と軍との間で「新しい高速計算機開発」の契約が結ばれ、ENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)が開発されました。
開発当初、ENIACはあらゆる面でケタ違いのコンピュータでした。総重量30トン、開発経費およそ50万ドル、当時運用されていた旧式計算機(ハーバード・マーク1)の1000倍の演算速度を誇り、「弾丸よりも速く弾道計算ができる」と評判になりました。
(ちなみに、現在使われている家庭用PCの演算速度はENIACの数万倍と言われています)
ENIACが完成したのは1946年2月のことであり、1945年に終結した第2次世界大戦で活用されることはありませんでしたが、軍事利用(弾道計算)を目的として開発がスタートしたのは確かなようです。
また少し時は遡り1939年。第2次世界大戦に参戦したイギリスはドイツ軍の暗号機「エニグマ」に苦しめられていました。エニグマによる暗号を解読することができず、連合国の輸送船団が次々と撃沈され、物資の供給がままならない状況が続いていました。
そこで登場したのが数学者チューリングでした。チューリングを含むイギリスの暗号解読チームは、「チューリング・ボンブ」、「コロッサス」という暗号解読機を開発してドイツ軍の情報を盗み出すことに成功し、連合国の勝利に貢献しました。
もしエニグマ暗号の解読に失敗していたとすれば、第2次世界大戦でのドイツ軍降伏は半年から数年は遅れたとする見立てもあります。
チューリングをはじめとするイギリスの頭脳たちが従事した暗号解読機の開発も、軍事的な要請からスタートしていました。
「戦争は発明の母」論
このように第2次世界大戦下では弾道計算や暗号解読といった、軍事目的でコンピュータ開発が進められてきました。
軍事研究推進派は、これらのケースを例示しながら「戦争は科学を進歩させる。軍事研究禁止は技術発展を阻害している」と主張しています。
しかし本当にそうなのでしょうか?
コンピュータは戦争が生み出した産物なのでしょうか?
この問いに答えるために「コンピュータ」の歴史を紐解いていきたいと思います。
軍事研究である必要性
人類が「数」を使い始めて計算をするようになって以来、「速く・楽に・正確に計算したい」という欲求は絶えず存在していました。だから各時代の人々は当時の科学・技術の水準に合わせた計算機器を考案・開発してきました。ソロバンも、古代から使われている計算機器の一つだといえます。
実は現代の私たちが思い浮かべる「コンピュータ」像、すなわち「人の手が介入せずに計算を行ってくれるデバイス」という概念は、20世紀以前から存在していました。考案者は19世紀イギリスの数学者バベッジでした。
彼は「プログラムだけ与え、あとは人の手を介さずに自動で計算してくれる機械」というアイデアを着想し、実際に設計まで行なっています。
これは今の私たちが思い浮かべるコンピュータにとっては当たり前の機能ですが、バベッジの時代には1台の計算機を動かすために多くの人員が必要だったことを考えると、革新的で先見性のあるアイデアだといえます。
バベッジが考案したこの機械は「解析機関」(analytical engine)と名付けられています。残念ながら、バベッジの存命中に完成することはありませんでしたが、2002年にロンドンのサイエンス・ミュージアムによって、解析機関が当時の技術レベルで作製されたことが話題になりました。
そしてイギリスの天才・バベッジの時代から、1世紀ほどの時が流れた1942年。コンピュータの歴史に新たな1ページが刻まれました。
アメリカのアタナソフとベリーが「世界で初めて」電子的にデジタルに計算が可能な機械の開発に着手していました。そのマシンは彼らのイニシャルを取って「ABC」(Atanasoff-Berry Computer)と呼ばれています。
時期がちょうど第2次世界大戦期と被っていますが、ABCは軍用目的で開発されたものではないと言われています。その根拠としては、同時期の軍事動員によってアタナソフが大学を去ったのを契機にABCマシン開発そのものが中断させられたことが挙げられます。もし軍時利用を目的としていたならば、開発は継続されたのではないでしょうか。
ABCマシンは現代のコンピュータとは大きく異なるものの、2進数の採用やコンデンサーを用いたメモリなど、現代のコンピュータに通じるアイデアが含まれていたことも確かです。
このようにコンピュータの歴史を振り返ってみると、軍事とは直接的には関与していない環境下でも革新的な概念・技術が創出されていたことが分かります。
戦時中の最優先事項は「自国の勝利」であり、その為には平時では考えられない程の莫大な資金が投入されます。戦争を有利に進めたい国家や軍から提供される潤沢な資金が、科学技術の進歩を促しただけであって、資金提供の目的が戦争である必要は無いと思われます。
結局、科学技術の進歩に必要なのは戦争そのものではなく、研究継続のための資金や、充分な観察・実験を行うための設備なのではないでしょうか?
まとめ
- 軍事研究の中でコンピュータ技術が発展してきたことは確か
- しかし、軍事とは関連無い所にも進歩・発展は見られる
- 科学を発展させるために必要なのは資金や設備であって、戦争そのものではない
【参考文献】
・大駒誠一, “コンピュータ開発史―歴史の誤りをただす「最初の計算機」をたずねる旅-”, 共立出版(2005).
・向井信彦, 田村慶信, 細野泰彦 著, “コンピュータ概論 未来をひらく情報技術”, オーム社(2020).
・小林功武 監修, 小田徹 著, “コンピュータ史”, オーム社(1983).
・池内了,「科学者と戦争」,岩波新書(2016).
〈文=早稲田大学 先進理工学部応用化学科 3年 千島 健伸(note)〉
当ライターの前の記事はこちら:軍事研究の是非を問う①~「日本学術会議」とは?~
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