社会

国際教育協力の歴史的・理念的位置づけ

目次

  1. ロシアのウクライナ侵攻から考える国際教育協力の歴史的・理念的位置づけ
  2. ①平和アプローチ
  3. ②人権アプローチ
  4. ③開発アプローチ
  5. グローバル化が進む今、相互理解は必須

1.ロシアのウクライナ侵攻考える国際教育協力の歴史的・理念的位置づけ

2月24日にロシアがウクライナに侵攻を開始して約1か月が過ぎた。報道によると避難民は約1000万人を超え[i]、侵攻前のウクライナの人口が約4159万人[ii]だったことから、約4分の1に当たる人が避難を強いられたことが分かる。国連人権高等弁務官事務所は、ロシアによる軍事侵攻が始まった2月24日から3月24日までに、ウクライナで少なくとも1035人の市民が死亡したと発表している。[iii]ウクライナ・ロシア間で停戦に向けた交渉が開かれているが、戦争の終結の見通しは立っていない。今回ロシアがウクライナに侵攻した理由は、①同じルーツを持つ国、②NATOの東方拡大にあると専門家は指摘している。[iv]この侵攻は、国と国の価値観の相違を埋めることの難しさを示唆している。では、国際協力は何を意味するのか。本稿では、国際社会が発展途上国に対し、教育を通じて取り組んできたことを『日本の国際協力 歴史と展望』(黒田,萱島,2019)[v]を参照しながら、3つのアプローチ方法について概説する。


[i] 時事ドットコム, https://www.jiji.com/jc/article?k=2022032000465&g=int,

[ii] 外務省,『ウクライナ基礎データ』,Https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ukraine/data.html,2022年3月28日閲覧.

[iii] 国連人権高等弁務官事務所,https://www.ohchr.org/en/statements/2022/03/situation-ukraine,3月25日リリース.

[iv] NHK,『ロシアはなぜウクライナに侵攻したのか?背景は?』,2022年2月28日リリース.

[v] 萱島信子,黒田一雄,2019,『日本の国際協力 歴史と展望』,東京大学出版.

2.平和アプローチ

1つ目は、平和アプローチである。1945年に採択されたユネスコ憲章には次のような前文を掲げている。

戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。相互の風習と生活を知らないことには、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信を起こした共通の原因であり、この疑惑と不信のために、諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争となった。(中略)文化の広い普及と正義・自由・平和のための人類の教育とは、人間の尊厳に欠くことのできないものであり、且つ全ての国民が相互の援助及び相互の関心の精神を持って果たさなければならない神聖な義務である。政府の政治的及び経済的取極のみに基づく平和は、世界の諸人民の、一致した、しかも永続する誠実な支持を確保できる平和ではない。よって平和は、失われないためには、人類の知的及び精神的連帯の上に築かなければならない。(日本ユネスコ国内委員会訳)

この前文のように、平和的アプローチは国際社会が教育分野に取り組むための最も原初的な政策理念であったとされる。この考え方は第一次世界大戦後の戦間期に広がり、第二次世界大戦後に一般化した。しかし、理念的議論が先行し、途上国における教育のアクセスや質についての深刻な状況認識が国際社会で共有されていく中で、特に1960年代から活発になった発展途上国に対する教育援助においては以後に挙げる人権アプローチ、開発アプローチがより主要な政策理念として、国際社会で認識されるようになった。

3.人権アプローチ

 2つ目は、人権アプローチである。国際社会が発展途上国の教育開発に関わってきた背景に、国連が戦後一貫して教育を万人の基本的人権であることを確認し続けた歴史があった。世界人権宣言の第26条には以下のように記されている。

第26条

1. すべて人は、教育を受ける権利を有する。教育は、少なくとも初等の及び基礎的の段階においては、無償でなければならない。初等教育は、義務的でなければならない。技術教育及び職業教育及び職業教育は、一般に利用できるものでなければならず、また、高等教育は、能力に応じ、すべての人に等しく開放されていなければならない。

2. 教育は、人格の完全な発展並びに人権及び基本的自由の尊重の強化を目標としなければならない。教育は、すべての国又は人種的若しくは宗教的集団の相互間の理解、寛容及び友好関係を増進し、かつ、平和の維持のため、国際連合の活動を促進するものでなければならない。

3. 親は、子に与える教育の種類を選択する優先的権利を有する。(国際連合広報センター)[i]

このように、人権アプローチが教育を人権として規定することには、国際理解や異文化理解、ひいては平和の達成という国際理解・平和アプローチにおいて認識された教育の役割に大きな期待がされ、この政策理念は、多くのNGOの主要な活動理念として共有され、政策や実践に影響を及ぼした。


[i] 国際連合広報センター,『世界人権宣言テキスト』,2022年3月28日閲覧.

4.開発アプローチ

3つ目は、開発アプローチである。日本の明治期のように、教育政策を自国の近代化・開発政策として位置づけて、教育拡大のための政策的・財政的努力を続けてきた途上国は数多く、先進国は奨学金などでそれを支援した。1961年には、経済開発協力機構(以下OECD)が、経済発展と教育投資に関する政策会議で、経済発展における教育投資に関する政策会議で、経済発展における教育の重要性が指摘され、その後、国際機関は教育への投資を拡大していく。世界銀行が教育投資の経済的効果を開発アプローチの観点から示した政策文書は、1995年に出版された、『教育のための優先課題と戦略』には、教育をより上位の優先事項とすること、基礎教育に重点的に公共投資を行うことが盛り込まれた。それに対して、教育開発国際ジャーナルは1996年10月発行号で教育の経済効果を重視するあまり、教育の複雑で豊かなプロセスについての考察が軽視されるのではないかという批判もあった。世界銀行はその後に発表した『教育セクター戦略』において上記のような批判に応えて、「教育における成果はその地域の伝統と文化に左右される」「そうした価値と優先課題が一致するところで」世界銀行は活動できるとの認識を示し、その表現を修正している。しかし、「開発と貧困撲滅のために唯一最も重要な鍵は教育である」との当時のウォルフェンソン総裁の言葉を引用しながら、基本的に開発アプローチから発展途上国における教育を捉えて、その政策理念を説明している。

5.グローバル化が進む今、相互理解は必須

 本稿では、国際教育協力の歴史的・理念的位置づけについて、①平和的アプローチ、②人権アプローチ、③開発アプローチの3点の概説を行った。①平和的アプローチは相互の理解に基づき、平和を築くことを目的にしたアプローチであった。②人権アプローチは教育が人間形成に不可欠なものとして捉えられ、人権を保障する目的としていた。③開発アプローチでは、国の開発を進め、経済発展・貧困削減を目的としたアプローチであった。グローバル化が進む中、これらのアプローチは国際教育協力を考えていく上で欠かせないものであり、改めて国際教育協力の意義について考えさせられた。特に、平和アプローチのように、国ごとで価値観の相違はあるとしても、その価値観を理解することが平和を保つことに必須だと感じた。

<文=末田椋資>

【参考】

・時事ドットコム, https://www.jiji.com/jc/article?k=2022032000465&g=int,

・ 外務省,『ウクライナ基礎データ』,Https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ukraine/data.html,2022年3月28日閲覧.

・国連人権高等弁務官事務所,https://www.ohchr.org/en/statements/2022/03/situation-ukraine,3月25日リリース.

・NHK,『ロシアはなぜウクライナに侵攻したのか?背景は?』,2022年2月28日リリース.

・ 萱島信子,黒田一雄,2019,『日本の国際協力 歴史と展望』,東京大学出版.

・ 国際連合広報センター,『世界人権宣言テキスト』,2022年3月28日閲覧.

当ライターの前の記事はこちら:戦後賠償としてのODA

株式会社シグマライズでは、23卒向けに「就職支援コミュニティ【α】」というLINEのオープンチャットにて就活生の支援を行っています。22卒のコミュニティ参加者にもサポーターとしてコミュニティに残ってもらっていますので先輩に相談することも可能です。

サービスの詳細について知りたい方は、こちらのサービス紹介ページから詳細確認下さい。